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最初は純粋

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 だが、徐々に互いに情が湧き始め、やがて三人は傍から見ると親子のように仲睦まじくなる。

 そんなある日のことだった。松原は非番の日に朝から家を訪れていた。

「そう言えば、松原はんは何のお仕事をしてはりますの?こないに良うしてもろてますのに、うち何も知らんくて」

 サエが初めて松原の素性に興味を持つ。安全期計算 そう問われた松原はどうしようかと迷った。新撰組だと言えば、自分が夫を殺したと勘付かれるだろうかと瞳を揺らす。

「……北辰心要流柔術を教える道場を開いとるんや」

 松原は過去を思い出すと、そう告げた。するとサエはホッとしたような息を吐く。

「柔術のせんせ……。素敵おすなぁ」

「そないな大袈裟なモンちゃうで。……ワシからすると、おサエはんの方が凄いと思うわ。ミチのことを立派に育てとるやないか」

「松原はんに助けてもろてるからや……。ほんまにおおきに」

 サエはそう言うと目を細めて微笑んだ。その艶っぽさに松原は耳まで赤くする。

 そこへよちよちとミチが歩いてきては、松原へ倒れかかった。咄嗟にその小さな身体を抱きとめた。ミチは手を伸ばすと、松原の頬を叩く。

 松原は初めて、このように心穏やかで愛しい時間に触れられたと頬を緩ませた。 だが、そのような生活を続けていると隊の耳に入るのは当然だった。ある日、松原は局長室へ呼ばれる。近藤と土方を前にして、松原は緊張の面持ちで座っていた。

「松原君、聞くところに寄ると外に良い仲の女子がいると云うじゃないか」

「あ、あれは……」

「水臭いぞ。君は組長なのだから、堂々と休息所として構えれば良い」

 近藤は笑みを浮かべると、懐から二十両ほど包んだ袋を置く。組長以上であれば、山南のように休息所を設けることが許されていた。

 それを見た松原は困惑の色を浮かべる。

「これは隊からの支度金だ。相手には子もいるのだろう?男として、けじめをつけてやれ。真面目な君の事だから、中々言い出せなかったのだろうが……。男というものは、守るものがいれば益々気張って働けるというものだ」

 どのように伝わったかは分からないが、近藤はミチのことを松原の子として認識しているようだった。近藤の隣に座る土方は眉ひとつ動かさずに、松原をじっと見ている。

「松原君、どうした。何か思うところでもあるのか」

 土方からの言葉に松原はどきりとした。あの夜のことを言うならば、きっと今しかない。だが、それを言ってしまえばもう会えなくなる気がした。

 罪に罪を重ねていく感覚に心が押し潰されそうになるが、自分が耐えて墓場まで持っていくことでサエとミチを守れるのではないか。

 そう思った松原は首を横に振った。そして小さく頭を下げる。

「何も。お気遣い頂いてしもうて。ほんまは、ワシから言わんとアカンところを申し訳ありまへん。これからも組の為に、気張って働きますんで、よろしゅうお願い申します」

 近藤からの二十両を懐へ入れると、松原は部屋を出ていった。

 土方は松原が出ていった後を見詰める。そして目をすっと細めた。

「近藤さん。松原君……何処か可笑しくなかったか?俺ァ違和感があったんだが」

「うむ……。そう言われてみると、何かを言いたげにしていたような気がせんでもないな。まあ、大方いきなりの事で驚いたのだろう」

 近藤は笑いながら立ち上がると、引き出しから包みを取り出す。それを開けると饅頭が二つ出てきた。どうだ、と土方に差し出す。

 土方はそれを受け取ると、苦々しそうな表情で目の前に持ち上げた。

「そりゃあそうだろうが……。って……近藤さん、これ入れっぱなしになっていたヤツじゃねえよな?梅雨の時期は直ぐに傷んじまうぜ」

「歳は何事も疑り深いなァ。俺は総司じゃないから、溜め込むような真似はせんぞ。今朝、源さんから貰ったんだよ」

 井上の名前を聞いた瞬間、安心したのか土方はそれを一口齧る。近藤は大きな口を開けて一口で食べてしまった。

「知ってんだろ、俺ァ生まれっつきそういう性分なんだよ。近藤さんは何でもかんでも信じちまうから、心配だぜ。……まあ、松原君のことは俺も信頼しているからな。杞憂だと思うことにするよ」

 残りの饅頭を口に放り込むと、土方は窓の外を見やる。一雨来そうだと思った。