味噌の乗る箇所以外
冬乃はもぐもぐと頂きながら、おでんの定義自体が、もしやこの時代、ちがうのではないかと。訝り始めた。
皿にはこんにゃくたちの隣に、やはり味噌が表面に塗られただけのちくわが、でーんと乗っかっている。
そもそも、煮汁がまったく無い平らな皿である時点で、おかしい。
(できればお醤油と昆布だしのおでんが食べたかった・・・)
いや、
食べたい。產前講座
期待して待ち望んでいたのにそれが叶わなかったせいで、もう無性に食べたい。
「・・・」
ついふたたび沖田を見上げた冬乃の、瞳が激しく訴えてしまったに違いなく。
受け止めた沖田の眼が、ふっと微笑った。
「もしかして」
もとい、皿を目の前にした時から様子がおかしい冬乃に、沖田の側も何かしら気づいているだろう。
「希望していたものと、違った?」
そう聞いてきた沖田に。冬乃は、素直に頷いた。
「おかしいとは思ったよ。だいこんはまだしも、卵とちくわが挙がった時に」
「え・・」
田楽・・・・
またもいつのまにか、寝ていた冬乃は。
首すじから胸元をぬぐう手ぬぐいに目を覚まして、
そのまま沖田に援けられて起き上がり、汗に濡れた襦袢を着替えさせられてから。
おまたせと手渡された料理に、目を丸くしていた。
(・・たしか、おでんをお願いしたはずだったけど・・・)
聞き間違えられたのだろうか。
戸惑いに揺れた瞳でおもわず横の沖田を見上げた冬乃を、沖田がこれまた何故か、興味深そうに見返してくる。
いや、沖田が聞き間違えるはずが無い。きっとこれには何か訳があるに違いないと、冬乃はむりやり、そう思い直した。
「いただきます」
三度も眠れたおかげで、しっかり食欲が回復している冬乃は、
味噌のタレがちょこんと乗る卵に、そっと箸を伸ばす。
(卵の・・田楽)
を頂くのは、人生初。
(コレ、お味噌で煮込めば、ほんとに田楽としていけるかも・・)
いま目の前にあるゆで卵は、だが、隣のこんにゃくやだいこんのように味噌のタレが表面に塗られただけのようだが。
また眠っていた。
ぼんやりと冬乃は、今度は夢をみていた感すら無いままに瞼を擡げれば、辺りは未だ燦然と明るく。
沖田が戻っていないところを見ると、いま何時頃なのだろう。
起きて早くもこみ上げる咳に、いそいで体をらくな体勢にしながら冬乃は、
咳はとうぶん治まりそうになくても、先程までの火照りや頭痛ならば、また一段と治まってきている事にそして気がついた。
高熱が効いたのだろう。きっと冬乃の体内の戦況は、早くも免疫側に軍配が上がったに違いなく。
体のだるさもかなり抜けてくれた気がする。代わりに、この咳の頻度や、喉の痛みならば増しているように思いながら、
空腹感もまた、増していることにも冬乃は気づき。今一度、障子のほうを見遣った。
もしあれから大分経っているのだとしたら、
冬乃が頼んだ食材は、在庫が無かったのかもしれず。使用人が買い出しに行ってくれているのか、
まさか或いは。
(総司さんが自ら・・・?)
冬乃は今更ながら申し訳なく想いつつも、冬乃のためにこうして沖田が色々看病してくれている事に、
咳などくらべものにならないほど込み上げてくる嬉しさで、冬乃の頬はどうしても緩んでしまう。
(ありがとうございます、総司さん・・)
「冬乃」
優しい温かい声。
冬乃は、安堵とともにそっと声の主を見上げる。
つい直前までなんだか変な夢をみていた気がする。
一体どれくらい経ったのだろう。ふと見やれば、藤堂は昼の巡察に行ったのか居なくなっていた。
「腹減ってない」
沖田の気遣うような眼が、冬乃を覗きこんだ。