「汗の臭いなんてしませんよ
ふと視界の端に見えた襦袢のは肌蹴ていた。そこからは白い肌と膨らみが覗いており、慌てて目を逸らす。
「ぬ、濡れていると身体に障りますよね。着替えますか?! 丁度、湯を持ってきたので──」
激しくなる鼓動を誤魔化すように、早口で捲し立てた。
しかし、桜司郎は首を横に振る。
「だ、大丈夫です。折角沖田先生がいらしているので……。そうですね、着替えるのは南部先生が来たら──」
「……南部先生に裸体を見せるつもりですか?」
「え……?」
桜司郎としては特に深く考えずに発した言葉だった。https://www.nuhart.com.hk/zh/ しかし、声が一段低くなった沖田を見て、失言であったことに気付く。
「そういう訳では……。そもそも南部先生はお医者様ですから、」
「駄目です。絶対に駄目だ……。それなら私がやります」
沖田はそう言うなり掛け布団を退かし、湯が張られた桶を引き寄せた。
南部が着替えさせたのだと思うだけで、ふつふつと嫉妬心が擡げる。我ながら随分と器量の狭い男だと苦笑いをした。
「え、沖田先生にそのような雑事をさせる訳には!ちょっと、せんせ……、どうしたのです……ッ」
襦袢の肩口に沖田の手がかかり、するりと解かれそうになるのを、桜司郎は赤い顔をしながら袷を引き寄せて抵抗する。
「嫌、ですか……?それなら無理強いは出来ません……」
寂しげな声音を出されると、途端に自分が間違っているような感覚に陥る。これも惚れた弱みなのだろうか。桜司郎は羞恥心を何とか打ち払うと、自ら襦袢を肩から落とした。
これも全て、都合の良い幸せな夢なのかも知れないと思いながら。
「それなら……背中……だけ、お願いします」
そのように言えば、沖田は純粋な笑みを浮かべて頷いた。
固く搾った手拭いで首筋から肩、背にかけて拭っていく。安芸や稽古で負ったと思われる傷痕が痛々しい。柔らかな朝の光が射し込み、薄く白い肌をより透き通らせた。
──思えば、あの夜も傷の手当を手伝ったな。
ぼんやりとそう思いながら、沖田は刀傷に沿うように指を這わせた。すると、びくりと肩が跳ねる。
桜司郎から抗議の言葉が飛んでくる前に、口を開いた。
「桜司郎さん……。もう二度と、自分を犠牲にしないと約束して下さい」
背を拭き終わり、新しい襦袢を肩へ掛けてやる。
「それは…………」
桜司郎はドキリとしながらも口ごもった。まるで、今回負傷した時に考えていたことがバレているようなそれに内心焦る。
それに隊士として生きている以上、このように怪我を負うことはこれからもあるだろう。場しのぎの返事はいくらでも出来るが、沖田へ嘘を吐くのは嫌だった。
「いきなりどうしました?隊務で怪我をするなんて、有り得ることじゃないですか」
誤魔化すようなそれに、沖田は眉間に皺を寄せる。
「……"身代わりになってあげたかった"。貴女は……確かにそう言いました」
何故それを沖田が知っているのかと言葉を失った。確かそれは山野へ言った筈なのだ。 山野はああ見えて口が硬い。告げ口をするようにも思えなかった。
桜司郎は昨夜のとの会話を何とか思い出そうとする。すると、ひとつ違和感に気付いた。
『……何故、自身を犠牲にするんだ。沖田にそのような価値など無いだろうに』
沖田を崇拝する山野が、"沖田"などと呼び捨てにする訳がないのである。
──まさか。あれは、八十八君ではなくて……。
「お、沖田先生……いつから、居たのです……?」
どくんどくんと鼓動が高鳴った。もしあれが山野ではなく、沖田であるとするならば、本人へ好きだと言ってしまったことになる。