が、どこからどうみてもお
が、どこからどうみてもおなじなのである。
って、それはどうでもいい。
このにおいだ。このにおいは、アレじゃないか……。
おれの眉間にも、皺がよっているにちがいない。
副長のチートアイテム、「胡椒爆弾」である。
ってか、しっかり常備しているところが草すぎる。
永倉が気の毒すぎる……。
かれはくしゃみや咳を連発し、激光生髮 それにともない涙と鼻水をたらしまくっている。
「これは、ひどすぎる」
は、この世の罪悪をみせつけられているかのように悲し気にゆがんでいる。
はたして、かれの表現するところの『ひどすぎる』というのは、副長の卑怯きわまりない奇襲攻撃のことなのか、それとも永倉の惨状のことなのか。
あるいは、両方をさしているのか?
「はっはは!「がむしん」よ。新撰組一の剣士も、おれにかかりゃぁ牙を抜かれたわんこだな。おれはいま自身の頭のなかで、おまえを八度は斬り殺したぞ」
副長はドヤ顔以上ので、たからかに宣言した。
もはや、おれにかけるべき言葉はない。
おれは副長のことを尊敬しているが、それはあくまでも現代で得た情報にもとづいての尊敬であることを、いまこの瞬間つくづく実感した。
「牙を抜かれたわんこ……」
そのとき、俊春がおれの横でショックを受けたようにつぶやいた。
「ウウウウウウウウッ!」
俊春とおれの間で、相棒がショックを受けたようにうなった。
ってか、そこか?そこなのか?
さすがは、である。
「牙を抜かれてしまっては、耳朶もになにをされるかわかったものではありませぬ」
「ちょっ……。なにをとち狂ったことをいってるんです、ぽち?」
めっちゃ動揺している俊春に、思わずツッコんでしまった。「副長は、なにもあなたのことをおっしゃっているわけじゃありません。それに、いまのは比喩表現です。ってか、そもそも反省しているフリをしてだましうちをするなんて、的にどうよって世界でしょう?」
「主計、やかましいっ!それがおれだ。おれっていうなんだ。たとえだれであっても、とやかくいわれる筋合いはねぇ。それ以前に、いわせねぇっ!」
さすがは「キング・オブ・副長」である。
「あはははっ!副長、グッジョブ」
おれがひきまくっているというのに、お調子者の野村が謎ヨイショをしている。
胡椒爆弾をまともに喰らった永倉の身にもなってみろっていうんだ。
そうだ。かんじんの永倉のことを忘れていた。
「永倉先生、大丈夫ですか?」
慌ててかれにちかづいた。かれはまだくしゃみと咳を繰り返し、鼻水と涙を垂れ流しまくっている。
「さあ、これを飲んでください」
宿を出発する際、宿の
島田のが清水の入った竹筒を手渡してくれた。途中、二、三口呑んでみた。
「サーモ〇」の抜群の保冷保温力をもつ水筒ではないので、ぬるくはなっていたが、口当たりはすっごくマイルドでおいしかった。
その竹筒を永倉にさしだしつつ、「間接キッス?」なーんて、小学生みたいににやけてしまった。
小学生の、こうして水筒や給食の牛乳を女子と共有しようとすると、ソッコー「間接キッス」とからかわれたものである。
それがいまや、あの永倉新八と「間接キッス」をしようとしているのだ。
正直、ビミョーな気がぱねぇが。
永倉は、おれとの「間接キッス」を拒否るわけでもなく、ゴクゴクと喉を鳴らしながら清水を呑んだ。それでやっと、落ち着いたようである。
「や、やりやがったな、土方さん」
かれは、ぜーぜーと荒い息をつきながら副長を非難する。
「おいおい、「がむしん」よ。おれはただ、いつなんどきでも油断するなって忠告してやっただけだ」
あれだけひどいことをしておいて、しれっとうそぶく副長がすごすぎる。
「ふふん。新八、口惜しかったらやり返しにこい。おまえらしくない。とらわれすぎるんじゃねぇ。おまえはおまえの生きたいように生きれゃいい。主計のいたところに伝わっている道からそれたからって、それがそのままこの世のおわりになるわけじゃねぇ。ささいなことだと思わねぇか?靖兵隊に残している三人を託しといてなんだがな。それもいっそのこと、三人まとめて連れてきてもいい。あとは、どうにでもなる。いますぐでなくってもいい。しばらくかんがえろ。それからでもおそくはない」
「土方さん……」
永倉は、鼻をすすりあげた。それは、さきほどの胡椒爆弾の残滓によるものではないのかもしれない。
「さあっ、ゆくぞ。七、八里は進みたいからな。新八、またな」
副長は、永倉の懐をおびやかすとその肩をぽんとたたいた。それから、横をすり抜け、さっさと街道のほうへとあるきだした。
「スィーヤッ!」
その副長につづき、現代っ子バイリンガルの野村が、「またね」ってネイティブみたいに永倉に片掌をあげてみせ、副長を追いかける。
「組長、まっていますよ」
さらに、島田も。
「いまの副長には、あなたが必要なのです。おれやぽちたまでは役不足です。またの再会を楽しみにしています」
うつむいている永倉に、声をかけた。それから、思いきって背を向けて駆けだした。
振り返らぬよう努力をしつつ、ただただ副長と島田と野村の背だけをみつめ、追いかける。
くそっ!その三人の背も、あふれる涙でよくみえない。
気がつくと、俊春が肩をならべていた。その間には、相棒が四本の脚を動かしている。
俊春もまた、ただまえをみつめている。
街道にでたところで副長たちに追いついた。そこでやっと、脚をとめて振り返ってみた。
木しかみえない。永倉の姿は、もうみることができなかった。