董卓の兵を打
「朝廷でも朕が心を許して語れるのは、王允や趙謙など僅かな忠臣のみであるな」
司徒、司空、太尉らは根っからの忠臣で清流派が据えられている。相国として董卓が実権を握っているので、名誉職を分け与えただけだが。「長安に遷都し、周辺をことごとく手中に収めた董卓は日ごとに勢力を増し、安全期 今や相国と呼ばれ有頂天で御座います。袁紹を盟主とした連合軍は数人のみ残り離散し、河内の端に陣を置いてはおりますが動く気配は御座いません」「臣らが不甲斐ないばかりに、陛下をこのような目に遭わせてしまい、なんといえば良いか」
頭を左右に振ると今にも涙しそうなほど悲痛な表情を浮かべる。いくら皇帝といえども、このような子供になんの責任があってこうなったのかと思えば、稠沸の苦悩も理解出来る。
「良いのだ稠沸、国と言うのは栄えることもあれば衰えることもある。興れば滅びるのも理である。ゆえに朕は嘆きはしないぞ」
あまりに達観している言葉に稠沸は顔を上げてじっと見つめてしまう。この人物ならば必ずや名君になる、強くそう感じた。
「あらゆる手を講じ、逆臣を廃すよう行動しております。どうかお待ちくださいませ」
政治的に追い落とすことは恐らくできない、だが相手は人間だ、病気にかかることもあれば、怪我をすることもある。命があるならそれが失われることも当たり前にある。暗殺だって視野に入れている、そんな発言がどこからか漏れれば稠沸は処刑されてしまうというのに、ここではっきりと口にしたのは、劉協への誓いだからだろう。
「国家を憂える勇士が居ることが嬉しい。朕は必ずその時が来るまで耐えてみせる。そう約束したのだ」
「約束で御座いますか?」
祖霊とでもしたのだろうかと、廟を見る。先祖が守ってくれると信じる者は多いし、ことあるごとに感謝していればそのように見えなくもない。なにより親、祖父母らを敬うことが考えの主軸だ。
「うむ。朕の友とな」
「……それはどなたでありましょうか?」
どこの有力者だろうかと思案する。袁家の者達だろうか、それとも朱家、あるいはと世の名家を思い描いてみる。
「島介だ。真に朕のことを……そうだな、理解してくれているのだ」
「島介と言いますと……なるほど、孫羽将軍の」
貢献者で従曾祖父だった孫羽将軍が後継者に指名した男、それが島介。劉協至上主義を公言し、死ぬまでそれを変えずに君臨していた冤州の巨人。陳留にその残党がいたなと気づき、報告に潁川のことがあったのを思い出す。
「そういえば潁川、陳へ董卓軍が進出しているのですが、陳留の軍が潁川中央部を制圧したと聞きました。荀氏の行動と聞いておりますが、陳留の黒い軍装の兵が多く参加してていたとも」
軍旗を掲げて行動したのが後半からで、この頃まだ追加の報告が届いていない。いくらでも黒い軍装の兵など居るし、陳留にも複数の派閥がある。荀氏だって何十人と居る、確定ではない。だが劉協は表情を明るくする。
「それはきっと島介であるぞ。朕には解る、何故か胸が高鳴っていたのだ。祖霊に問いかけると、吉報が届くと聞こえたのだ」
「左様で御座いましたか。確かに吉報、詳細が分かり次第報告させて頂きます。あまり長い時間こうしていては疑われますので、次は趙謙めが」
「大儀である」
劉協を残して稠沸は祖廟を出て小高い丘を下って行った。警備兵がギロリと睨んで来るが、素知らぬ顔で待たせていた馬車に乗り込む。そのまま趙謙の屋敷へと乗りつけた。家人に来訪を伝えさせ、中に入るとあずまやで休む。程なくして官服姿の趙謙がやって来た。
「お待たせして済まぬ」