で、突如、かみついてしまう
で、突如、かみついてしまう。かまれたら、気の毒に。毒が脳にまわって死んでしまう・・・」
俊冬は、みなの眼前に針をかざす。
「みよ。かような細いものでも、低劑量電腦掃描 容易に血を流させることができる」
かれは、四本しか指のない掌を弟へと伸ばし、耳をつかんでひっぱる。あっと思う間もなく、右の親指と人差し指にはさむ針で、その耳を突くではないか。
俊春の耳は、みるまに血がぷっくりと盛り上がる。
「な、なんてことを・・・」
それをみて、昔、自分でピアスの穴をあけようと、専用の穴をあける器具をつかったところ、穴から線がでてきて、それをひっぱったら失明してしまった、という都市伝説を思いだしてしまった。
「ぽち、大丈夫ですか?たま、弟になんてことをするんです。ふつー、自分のをするでしょう?」
「ぽちは犬ゆえ、痛みに強いのだ」
「わたしは犬ゆえ、痛みに強い」
双子の返事がかぶる。
「いえ、犬だから痛みにどうのこうのって、そんな問題ではないですよね?」
いつものおちゃらけである。突っ込んでから、思わず笑ってしまう。
「このように、にとってもろいもの」
笑いがおさまったところで、俊冬とがあう。そのにたゆたう光をみ、しれず身震いしてしまう。
それは、残酷なものでも非情なものでもない。
深い深い悲しみである。
気のせいだろうか。
そのとき、俊春が合図を送ってきた。
だれかがいる、という。いや、具体的には、局長のにおいがするという。
その合図に気がついたのと、「はいるぞ」という断り、さらには障子が勢いよく開いたのが同時であった。
斎藤は刀の手入れ、双子は繕い物、それぞれ作業に戻っている。
が、おれは?なんにもすることがない。ってか、三人みたいにすばやくない。ただ呆然と局長をみあげるしかない。「局長、いかがされましたか?」
「あ、しまった。お茶をおだしする刻限です、たま」
俊冬、それから俊春は、しれっとそんなことをいっている。
「斎藤先生もいかがですか?羊羹がまだ残っております」
「うまそうだ、ぽち。なら、頼もうか」
俊春が立ち上がりつつ問うと、さほどスイーツに興味のない斎藤がのっかる。
「いや、茶はいい。それよりも、話がある。さあ、座ってくれ」
局長は、俊春のゆくてをさえぎり、口の形をおおきくしてそのように伝える。
そういわれれば、俊春も従わざるをえぬ。座っていたところへと戻ると、ふたたび正座する。
話がある・・・。いまのこの一言が、否が応でも緊張を強いる。
いったい、なんの話なのか・・・。
局長はおれの横に胡坐をかく。
「まずは俊冬、俊春。拙宅に使いにいってもらえぬであろうか?流山へ転陣するまでに、この文を届けてもらいたいのだ」
「局長、局長のお宅まで、さほど遠いわけではござりませぬ。一日二日、ご自宅ですごされてはいかがでしょうか」
斎藤が提案すると、局長はおおきくて分厚い掌を顔前でひらひらさせる。そのごついには、苦笑が浮かんでいる。
「別れはすでにすませている。江戸からでてゆくということだけ、しらせておきたいのだ」
局長は、みなに気をつかっているのである。自分だけ、家族に会ったりすごしたりするわけにはゆかぬ。そう思っているのである。
「局長、それでもお嬢様は・・・」
「斎藤君、いいのだ」
いい募る斎藤に、かぶりをふってみせる局長。斎藤はには、苦笑が浮かんでいる。
「別れはすでにすませている。江戸からでてゆくということだけ、しらせておきたいのだ」
局長は、みなに気をつかっているのである。自分だけ、家族に会ったりすごしたりするわけにはゆかぬ。そう思っているのである。
「局長、それでもお嬢様は・・・」
「斎藤君、いいのだ」
いい募る斎藤に、かぶりをふってみせる局長。斎藤はをしっているので気を遣っているし、局長は局長でかたくなである。
「局長、承知いたしました。文をお届けいたします」
みかねた俊冬が、さりげなく斎藤に目配せしつつ応じる。
「すまぬ」
局長は満足げにうなずくと、双子のそばに積み重ねられている衣服にをとめる。
「わたしの着物と袴も、破れたところをうまく繕ってくれた。礼を申す」
双子は、同時に軽く頭を下げてその礼に応じる。
「それで、話というのはほかでもない。斎藤君、俊冬、俊春、ついでに主計・・・」
「あ、局長。ついでに、ってひどくありませんか?」
局長にむかって、突っ込むという暴挙にでてしまうおれ。
ついに、ついにやってしまった、という感が半端ない。
「すまぬ。つい、いじってしまった」
照れくさそうに謝罪する局長に、思わず罪悪感を覚えてしまう。
「こちらこそ、申し訳ございません。ついくせで、突っ込んでしまいました」
なので、謝罪しておく。
ふと、斎藤と双子に